「プロフェッショナル」とは                                       戻る

  「陽が傾き、潮が満ちはじめると、志摩半島の英虞湾に華麗なる黄昏が訪れる。
 湾内の大小の島々が満潮に洗われ、遠く紀伊半島の稜線まで望まれる西空に、雲の厚さによって、オレンジ色の濃淡が描き出され、やがて真紅の夕陽が、僅か数分の間に落ちて行く。(中略)」
 山崎豊子著「華麗なる一族」の冒頭部の有名な一節です。映画化やドラマ化されたので、覚えていらっしゃる方もおられると思いますが、この舞台となったのが、伊勢志摩観光ホテルのメインダイニング「ラ・メール」です。冒頭部は次のように続く。
 「海に突き出た志摩観光ホテルのダイニング・ルームも、この数分間、窓際に坐った人影が紅いシルエットに縁取られ、夕陽が沈むにつれ、その紅い縁取りが次第に淡くなり、夕闇の中に吸い込まれると同時に・・・・。」
 志摩観光ホテルから見る夕陽の美しさを見事に描いています。しかし、このホテルを世界的に有名にしたのは、総料理長であり、総支配人を務めた高橋忠之シェフの料理です。
残念ながら、料理を食す機会に恵まれず、悔しい思いをずっと持ち続けています。しかし、高橋忠之シェフに興味を持ったのは、シェフのつくる料理ではなく、料理に臨む姿勢(いや、人生哲学かもしれません)です。きっかけは1冊の本との出会いでしたが、その本と
は『「料理長自己流」高橋忠之』(辻和成著、柴田書店)で、「月刊食堂」という専門誌に1996年7月から1年間に渡って連載されたものを加筆修正したものです。
 高橋忠之シェフの生き方や料理に対する姿勢に興味ある方は、是非、本誌をみていただきたいのですが、本コラムで紹介したいことは、シェフの強烈な哲学にあります。志摩の素材と風土に徹底してこだわり、自らの料理哲学を「火を通して新鮮、形を変えて自然」
と表現しています。
 「火を通して新鮮、形を変えて自然」という言葉は、フードサービスに従事していた私にとって、仕事の価値観を変えるほどの衝撃でした。現在、縁あってNPO法人健康保養ネットワークで「健康」を通して地域活性化の仕事をしていますが、各地で地産地消、食育等の名のもとに、地域の産品を利用して様々な取り組みに直面しています。その土地の文化として根付かせるとするならば、常に工夫を重ねることが必要でしょう。
 「火を通して新鮮、形を変えて自然」。単純に調理技術の話ではなく、その裏に文化、化学、数学、美術などの総合的な知識に裏付けられた哲学なのです。徹することのすごさにプロフェッショナルの真髄を見ました。
 
 2010年7月  企画運営担当 栃原 聡