| 泉質からみた温泉の効能 北海道大学名誉教授、医学博士 阿岸 祐幸 |
|
| ~ 溶けている成分によって皮膚への吸収が異なる ~ | |
| ・皮膚のよごれは入浴だけで取れる 日常生活をしていると、体内から出てくる汗や脂肪などの分泌物、角質層から剥げ落ちてできる垢、外気からりほこりなど、いろいろな物質が皮膚表面を被っています。普通の入浴によって、このような皮膚表面に付着した汚れが洗い流され、同時に、汗の出口の汗腺口をふさいでいた垢が取り除かれ、汗が出やすくなります。 わが国の水の多くは、カルシウムやマグネシウムの含有量が少ない「軟水」です。軟水の入浴だけで、脂肪やたんぱく質を溶かす力がありますが、温泉浴、特にナトリウム炭酸水素塩泉(重曹泉)や酸性泉などに入浴すると、この作用が強いことがわかっています。ゴシゴシこすらなくても、汚れはとれるのです。 ・角質層が水分を吸収し保持する 足の裏の厚い角質層の部分を削りとってそのままに放置しておくと、乾燥して硬くなります。しかし、これを水に浸けておくと、もとの柔らかさに戻ることから、角質層が水分を吸収し保持することがわかります。ちょうど乾燥したパンくずが、水分を吸収すると大きく膨れるのと同じように、乾燥重量の数倍もの水を吸収して膨れるのです。 健康な角質層は、湿った空気からでもすぐに水分を吸収し、冬の乾燥した大気の中でも水分を保ちます。皮膚表面に油を塗ると柔らかさを保ちますが、これは、角質層から水分が蒸発するのを油が防げ、皮膚の乾燥を防ぐからです。 このように、正常な角質層はバリア膜として水を通さないだけでなく、水分を吸収し、それを保持する作用があります。この作用によって皮膚の表面に柔らかさ、滑らかさを与えることができるのです。ツヤツヤした、しかも潤いのあるみずみずしい肌は角質層が作っているのです。 ・入浴で小ジワが消える 皮膚が乾燥していると、皮膚表面に小ジワが見られますが、入浴などで角質層に十分水を与えてふくれさせると、シワを消すことができます。 しかし、手のひらなと゜角質層の厚い部分は、お風呂に長く入ると、かえってシワシワになってきます。これは、手足の厚い角質層がその乾燥重量の数倍もの水を吸収してふくれるためです。 ・皮膚を滑らかにする天然保湿因子 みずみずしい皮膚は、角質層にある細胞間脂質と、皮膚の乾燥を防ぐ働きをもつ天然保湿因子(NMF)がバランス良く保たれた状態です。 表紙の95%はケラチノサイト(角化細胞)という細胞です。ケラチノサイトからできたばかりの角質層細胞は、一定の構造を示さないたんぱく質のかたまりです。それが下層から上層に移動するにつれて、角質層内にあるたんぱく分解酵素の働きで一部が分解されて水溶性アミノ酸になります。 このアミノ酸は角質層細胞内で水と結合し、ふくれあがって細胞を柔らかくし、皮膚の表面に滑らかさを与えます。また、汗の中の塩類も含め湿った環境から水を吸収します。このような低分子の水溶性物質を、天然(自然)保湿因子と総称します。 生体がもっている保湿成分には、角質層中にある天然保湿因子のアミノ酸のほか、尿素、乳酸塩などがあります。現在、多くの保湿クリームがありますが、これらは、天然保湿因子に真皮成分である可溶性のコラーゲンを混ぜたり、コラーゲン繊維の間を埋めるゲル状の基質物質の主な成分であるヒアルロン酸を加えて作られてます。グリセリンや甘草の主成分であるグリチルリチン、高分子のポリマー、サリチル酸、リンゴやレモンなどの果物に含まれる乳酸、グリコール酸、ピルビン酸などのαハイドロキシ酸も保湿効果の高い物質です。 温泉に行き、1日に何回も風呂に入って石鹸で皮膚をゴシゴシ洗うと、表面の角質層の水分を保つ物質を洗い流してしまい、かさかさした荒れた皮膚を作ることになります。 |
・入浴による皮膚の変化 普通の角質層は、少しでも皮膚が水に触れると一瞬のうちに水を吸い、それを1分以上もかけてゆっくりと放出するという性質があります。 入浴による表皮の変化は、図1のようになります。まず、角質層に浴水中の水分が浸透して細胞が膨れる膨潤(ぼうじゅん)という現象が起こります。同時に、皮脂、細胞間脂質、天然保湿因子(NMF)などが皮膚表面から洗い流されてしまいます。 こうした皮膚の変化は、せいぜい15分から30分続くだけで、それ以後は入浴前の状態に戻ってしまうことがわかっています。 ![]() ・水を飲んでも皮膚は潤わない 皮膚をみずみずしく保つために、水分をたくさん飲めばよいという人がいます。しかし、これは科学的には誤りです。角質層のバリア機能は強く、体内から角質層を通して水の補給は望めないからです。水をたくさん飲むと、皮膚の真皮の部分に溜まってむくみを起こしますが、皮膚表面にある角質層の水分含有量には何の影響もありません。 バリアが健全であるかぎり、外から水を補給する工夫をしないと、角質層は潤いません。そこで、保湿クリームを十分に使うことが大切になるのです。 ・温泉成分は皮膚を透過する 皮膚の表面は薄い垢の層である角質層で一面に覆われているので、胃腸の消化器系粘膜のように栄養分は吸収されません。しかし、小さな分子であれば、わずかですが角質層を通って生きた組織にも透過することができます。 ですから温泉浴をすると、温泉水中のミネラルやガス成分がわずかながら皮膚を透過して体内に吸収され、含有成分に特有なはっきりした生体作用を起こすことができるのです。しかも、接触する皮膚表面が広いほど、たとえば半身浴より全身浴の方が、また浴水温が高いほど、温泉成分が多く透過します。 |
| ~ 温泉を共通財産として保護し、活用する方向へ ~ | |
| ・温泉とはどんなものか 温泉は、それが現状に適しているかどうかは別にして、1948年に公布された温泉法第二条で定義されています。この法律で、「『温泉』とは、地中からゆう出する温水、鉱水及び水蒸気その他のガス(炭化水素を主成分とする天然ガスを除く。)で、別表に掲げる温度又は物質を有するものをいう」とあります。別表(表1)には、「1.温度(温泉源から採取されるときの温度とする。)摂氏25度以上、2.物質(下記に掲げるもののうち、いずれかひとつ)」として、物質名18種類と、その1kg中の含有量が記されています。 この中には、溶存物質(ガス性のものを除く)が総量1000㎎以上ある場合も、温泉としています。 以下に述べる「鉱泉」とは、「地中から湧出する温水および鉱水の泉水で、多量の固形物質、またはガス状物質、もしくは特殊な物質を含むか、あるいは泉温が源泉周囲の年平均気温より常に著しく高いものをいう」と特定し、淡水(水道水)と区別する限界値が示されています。 このことから温泉法では、「温泉」には鉱泉のほか、地中から湧出する水蒸気、その他のガス(炭化水素を主成分とするガスを除く)を含めています。 ここで大切なことは、この定義により、温泉は地中から湧き出る「泉水」であるということです。細かくした石の間に水道水を通した温浴施設での温水や、湯の中に石を入れた「準自然温泉」、「人口温泉」などというものは温泉ではありのせん。 ・冷たくても温泉、ガスも温泉 決められた物質が決められた濃度以上ある泉水であれば、水温が低くても温泉です。水温が冷たいままで浴用に提供している例として、大分県の寒の地獄が有名です。 しかし、人肌より少し温かめの湯に浸かり、温熱効果を期待するものを温泉浴というのが一般的なので、加温して提供するのが普通でしょう。 また、温泉は液体ばかりでなく、噴出するガス成分も温泉です。たとえば秋田県の玉川温泉では、噴出する蒸気を直接からだに当てる療法がとられています。また、箱根の大湧谷では、地下から噴出するのは硫化水素ガスですが、これに川水を加えて温泉水とし、近辺の温泉場に供給するという伝統的な方法をとっています。 外国でも同じで、オーストリアのバード・ガスタイン BadGastein にある坑道療法施設Heilstollenでは、廃坑の坑道(洞窟)に充満するラドンガスを利用する療法が有名です。ドイツやチェコなどでは、二酸化炭素泉由来の炭酸ガス浴を末梢循環障害の治療に利用しています。 ・温泉はどのようにしてできるか? 最近の地熱開発や掘削技術の急速な進歩によって、地表から2~3㎞の深い場所の地質についての情報が豊富になりました。同時に、深部熱水の物理・化学的性質に関する研究も進み、温泉の生成のメカニズムも次第に明らかになってきました。 温泉水のでき方は、図1のようにまとめられます。地下の岩石や地層には数%ほどのすき間、割れ目、断層、破裂帯などがあり、ここに熱水が入って熱水貯留層といわれる熱水のたまり場ができます。ここはとてつもない高温、高圧で、まわりの岩石からイオンが溶け出すようになります。 ![]() この貯留層から上昇する熱水が、地表水と混合し、地表に出ると"温泉"になるのです。 ・温泉はどのようにしてできるか? 温泉に含まれている成分は、岩石を作っている元素と同じものばかりで、温泉として特殊な成分は何もないということがわかっています。この岩石を構成している鉱物の種類はそれほど多くなく、長石、石英、角閃石、輝石、雲母、かんらん石などの鉱物が主なものであるとされています。 これら鉱物を作っている元素の主なものは、酸素、珪素、カルシウム、ナトリウム、マグネシウム、アルミニウム、鉄、カリウムの8種です。地球表層部で地殻といわれる地下約35㎞までの岩石の99%は、これらの元素で占められていると言います。 私たちが取り扱う温泉は、この岩石圏の中でも一番地表に近い、地下数㎞以内で生成されると言われています。 ・温泉の基準温度は国によって異なる 温泉の基準温度は、国によって違いがあります。その国の年平均気温を温泉の標準温度と規定し、それ以上の水温をもつ湧水を温泉と呼ぶようになっています。 日本では昔から、地中から湧き出る水が、肌に触れて温かく感じるものを温泉と呼んでいました。一般に、水が少し温かく感じるのは、水温がその土地の気温より高い場合です。1948年に公布された温泉法で、温泉の温度を25℃以上とした性格な根拠は明らかでありませんが、少し高めに設定されているようです。 各国の基準温度は、韓国、台湾、南アフリカなどは日本と同じく25℃以上、ドイツ、フランス、イタリア、イギリスは20℃以上、アメリカは21.2℃以上で、国によって基準が違います。 ・温泉水が変化する可能性 温泉成分の性質や含有量は不変というものではなく、地震、火山活動、降雨などによる河川の水位の変動、潮汐の千満などの諸々の要因によって変わる可能性があります。 さらに、無定見な温泉開発、掘削による地下水の変動は、天然温泉湧出量の将来に大きな危機的事態を招くことが予想されます。欧州の温泉には150年くらいも不変のところもありますが、わが国は地質的特色から、5~10年に1回は泉質の分析検討を行うことが望ましいと思います。 ・温泉の老化現象(エージング) 温泉は、雨水のような地表水とは異なり、高温・高圧条件下の深い地下でせ生成されたものです。 これが、1気圧、15℃といった地表に湧き出ると、温度や圧力も急に低下します。また、紫外線や酸素がある日光やや空気などにさらされると、成分の物理化学的性質が変化します。 地下深部では溶解していたガス成分は、地表に湧出すると、たとえば炭酸泉の炭酸ガス、硫化水素泉の硫化水素ガス、放射能泉のラドンなどの期待成分は、時間とともにどんどん蒸散していくます。 さらに、地下深部では過飽和状態であった成分、たとえばカルシウム、マグネシウム、硫黄などは沈殿して結晶を作り、送泉管の内側にスケールとして管径を狭くしたり、湯の華になったりします。鉄泉の鉄は、湧出時では無色透明の2価の鉄ですが、空気に触れ始めるとすぐに酸化して茶褐色の3価の鉄治(サビ)になり、生理活性が失われる事になります。 このように、多くの温泉水は地上に湧出後、時間とともに物理・化学的性質が変わってしまい、生理的作用や薬としての効果が低下したり全くなくなってしまうものがあります。 この温泉成分の物理・化学的性質や、生理活性が変化・劣化したりする現象が温泉の老化現象(エージング)です。療養泉では、特に鉄泉、二酸化炭素泉(炭酸泉)、硫化水素泉、放射能泉などで温泉の老化現象が強くみられます。 |
![]() ・加温・加水希釈の是非 温泉の効果は、特に塩類温泉では加温しても、その泉質による効果にはほとんど影響しません。 一方、高温で沸騰しながら湧出する温泉は、当然そのまま入浴はできず、40℃前後に水温を下げなければなりません。さのときに、水道水や地下水を加えて適温にすることは容易です。 しかし、加水は希釈を意味します。温泉成分が皮膚に作用したときの効果を見る場合、すでに炭酸ガスやナトリウム塩化物(食塩)泉などの例で説明したように、その皮膚血流量や体温への効果は濃度依存症(濃度が増すと作用が強まる)があり、できるだけ薄めない方が良いことになります。 設備投資の経済面からみると問題があるかもしれませんが、できるだけ源泉をそのまま利用できるように、源泉を空気に触れずに直接浴槽に導くような閉鎖系配管を考慮し、その間は熱交換システムなどで温度を下げるようにするのが理想でしょう。 ・二つの流れがある欧州の療養泉 欧州の場合、温泉や鉱泉の医療的な効果に対する考え方には、ラテン的とゲルマン的という二つの大きな流れがあります、 フランス、イタリアなどのラテン系の人たちは、温泉の泉質や濃度、限界値などに関係なく、その温泉がある症状や疾病に医療的効果が認められる場合に鉱泉、温泉とするという考え方をしています。最も代表的なのはフランスの「ルルドの泉」です。 一方、ドイツ、オーストリア、スイス、ロシアを含めた東欧諸国でのゲルマン的な考え方を取り入れる人たちは、温泉成分に限界値などを決め、鉱泉水の物理・化学性に基づいて医療効果が期待できる場合を療養泉とする考え方をしています。 わが国で療養泉というときには、1978年に環境庁自然保護局長の通達で決められた概念で、ゲルマン的な考え方に則っています(表2)。 ![]() すなわち療養泉とは①源泉での温度が25℃以上あるか、②ガス性のものを除く溶存物質の濃度が泉水1㎏に1000mg以上あるか、③銅、アルミニウム、ヨウ素イオンなど8種類のイオンの一つでも限界値を超えていて、④温泉医学の経験から医治効果が期待できる鉱泉をいいます。 これらの化学的成分の現在の限界値については、最新の医科学的な見直し・検討が必要だと思われます。 ・温泉の本来もつ効果を低下させないために 温泉の老化現象からみると、からだに対する温泉の最大の効果を期待するには、湧出直後で、閉鎖系の配管を利用して空気に触れないように、新鮮な状態の温泉を提供するのが大原則です。 また、湧出した温泉をただ蒸発濃縮して粉末状にした「湯の華」を水に溶かしても、全部は溶けず、溶けても塩分としての効果しか期待できないことがわかります。 現在、下船を地下水や水道水などで加水して水増しし、循環・ろ過などを繰り返す温泉施設が多くみられます。しかし、以上の減少から、本来もっている温泉の効果が著しく低下しているのが多いといわざるを得ません。 欧州では、温泉は神からの恵みととらえ、みんなの財産であると考えます。日本では、温泉は私有財産という考えが強いようです。最近、水道水を温泉と詐欺して話題になった某温泉場では、「先祖伝来、温泉を他人に分湯してはならないという家訓がある」などというのは、その典型例でしょう。 温泉は、空気、海、河川、森林などと同様に地球上の共有財産です。私たちにとって、その天与の恵みに感謝しながら、徹底した保護と身の丈にあった節度ある利用法が望まれます。 ![]() |